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小春日和

小春日和

手当てということ

ワタシがなぜアロマセラピーに興味があるのか。なぜ、アロマサロンを開きたいという夢をもつことになったか。もともと興味ががあったことや、現在自分がストレスフルな状態であるということ、自分と同じようにストレスで苦しむ女性の手助けになれたらっていう気持ちと。そして、看護師は何といっても立ち仕事。重労働も多くて腰が痛いし。そんなときに自分でマッサージしたら気持ちよかったことなんかがあるのだけど。もう一つ。看護師として病棟で働いているなかで出会ったとある末期がんの患者さんとのエピソードがあるのです。
がん患者の3割~半数の患者さんにガン性疼痛が現れるといわれています。うちの病棟は外科とも混合になってるので(不思議な組み合わせ?)、末期がんで疼痛と戦っている患者さんがたくさんいらっしゃいます。そのような患者さんに対し、麻薬の注射なり、内服、パッチの貼用で鎮痛を働きかけます。このことは、ホスピス病棟でもない限り、どこの病院でも似たようなものだと思います。けれど、痛いという患者さんの訴えは単純に痛みを軽減させてくれ、とそのことだけを意味しているのでしょうか?痛みは、その人の精神状態に大きく作用されます。不安が強ければ強いだけ痛みはその人によって強く感じられる・・・。末期がんの患者さんが自分の身体、余生に対し、何も不安が無いわけではない。不安があるとき、ワタシ達は何を望むのでしょう。ワタシなら、話を聞いてほしい。あるいはそこまではいかないまでも、誰かに側にいてほしい・・・。生命の危機に晒されているがんの患者さんにとってはその思いはより強いのではないでしょうか?
その患者さんは、痛みを強く訴えていました。自分のチームの患者さんではないので、詳しいことは分からないですが、ナースコールでしょっちゅう痛みを訴え、担当スタッフが指示の注射薬を詰めて患者さんのもとへ向かっていました。うちの病棟は内科の部屋と外科の部屋と別れているわけではなく、内科も外科も同じ部屋に入っています。なので、ワタシもその患者さんの部屋を訪室することもちょくちょくありました。ある日、その患者さんに呼び止められました。「痛いんだ。少しでいいの。さすってくれない?」と。どうしよう・・・。迷いがワタシの中にありました。自分のチームの患者さんではなかったし、ワタシには抱えてる仕事があり、1分でも惜しい。どんなに暇な日だって、時間通りになんて絶対に帰れないんだかから。でも、忙しいと断るわけにもいかず、要望通り、マッサージをすることにしました。「気持ちいい。注射使うより、ずっと痛みが楽になるね。ありがとう」と、その患者さんは話してくれました。そのとき「これが手当ての語源かあ・・・」と実感させられました。また、がんの患者さんの抱える心の痛み、不安にも、わずかながら気づいた気がします。手当てとはご存知の方も多いとは思いますが、患者さんに対し、看護者は手でさすってケアする、というところからきています。看護師の仕事は忙しい。これは言い訳かもしれない。けれでも、日勤は本来5時までの勤務時間でありながら、帰宅時間が9時となる日もけして珍しくないことも事実です。一人の患者さんの不安を除去できるほど、関わっていられる時間は今の病棟の現状では無いのです。痛みや不安、苦痛を訴える患者さんに対し、側に行き、訴えを傾聴すること、または「手当てをすること」が本来の看護なのではないでしょうか。医師がカルテに記載した、鎮痛薬を注射するだけででは、看護師とは言えないのではないか。でも、そんなことは理想です。現場で働くこれを書いているワタシ自身が一番実感しています。だからこそ、ワタシはアロマサロンを開きたいという夢ができたんです。ワタシの手の平で、誰かの苦痛を少しでも和らいであげたい。もちろん、アロマセラピーにがん患者の延命を期待できるような効果は無いけれども。リラックスできるいい香りに包まれていられたなら、当然痛みも和らぐでしょうし、残りの時間を心豊かに過ごすことができるのではないでしょうか。
いづれは、医療の現場でアロマセラピストとして働くのが、理想です。


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